2026.03.08
啓蟄をご存じですか?
わたくしごとですが、昨年末、実家の父が我ら姉妹に看取られながらこの世を旅立ちました。10年間の闘病…(脳出血の後遺症)のすえの、84才という年齢なら寿命、という医師のことばは、遺族にとってはあきらめがつく締めくくりなのかも知れません。
そんな父が生前3月5日になると、決まって
「虫がニョキニョキ出てくるぞ」
と言っていたのを思い出します・・・
一応検索してみると、《けいちつ》とは3月5日から20日頃までの期間を指すもののようです。わたしはてっきり啓蟄イコール5日と思い込んでいたのですが、父がそこまで知っていて説明しなかったのかどうなのかは判らず仕舞いです。
なんだかむず痒いようなふわっとした生暖かい風、春の陽気の落ち着かないような気分、生命の躍動の予感、めばえ。それらはわたしの父の記憶にシンクロし、生き生きとした力強さと明るさを与えています。「いつでも青春でありたい」と言っていた父。いま、写真などで見る父のなんと若々しいことでしょうか。妹と行ったハワイでのはじけるような笑顔。わたしらの式に参列する神妙なよこがお。庭で花火をみつめる目。
話は脱線していますが遠くに在る父が、父としてわたしを励ましてくれているような気がします。
この頃の旬である食品に「サヨリ」というお魚があります。あなり聞き慣れないかも知れませんが、銀色の、細く長い高級魚です。
この「サヨリ」には思い出があって、わたしが中1の時にピアノの発表会で歌わされた!曲だったのです。サヨリ。忘れもしないあの発表会では、母の手製のベルベットのワンピースを着せられて!写真に収まっている自分が恥ずかしくて堪らない思いでした。
「サヨリ」この歌詞を1番だけ覚えています。
サヨリはうすい サヨリはほそい 銀のうおサヨリ きらりと光れ
このうたの節まで記憶に残っているワケは、当時所属していた少年少女合唱隊での素養?か、歌うことが好きだった両親からの遺伝?か、たんに単純明快で君が代のように覚えやすいから?か。またはそれがすべてのような気もします。
ピアノレッスンがたのしみで、通うたび『上手くなってる!!』と自覚できていた中1時代。たしか・・・ピアノレッスンとソルフェージュレッスンも習わせてもらっていました。
ですが、先生が紹介してくれた教授の月謝があまりにも高額だったこともあり(これはこっそり母から聞かされました)そこを辞めさせられ別先生へ変わりました。
またまた話が脱線していますが、そんな『共食い』か。と言われそうなサヨリを食する夢を見つつ、選曲のセンス抜群な先生方に曲を与えられながら(だって知らないから)今に至る自分をよく頑張っているぞと褒めてやりたいです。
啓蟄・・・それは人生における「春」なのかも知れませんね。