2013.03.11
今日の新聞です。
ピアノどころではなかったあの震災から二年。
たくさんの人が亡くなり、たくさんの人が住む家をなくしました。
私の母の実家が福島県南相馬市にあり、母のいとこも津波の犠牲者になりました。山元町に住む叔父夫婦は津波が迫る中二階に上がり、自衛隊のヘリコプターで救助され助かりました。
私自身も震災当時、岩沼の沿岸部に住んでいる生徒さんを教えていたので、電話が繋がるまで心配な数日間を過ごしていました。また、カワイ音楽教室勤務時代に亘理の荒浜教室を受け持っていたので、その時の大家さんや生徒さんたちの安否が心配でしたがみなさん無事避難したようです。でも仮設住宅暮らしをしている元生徒さんもおり、一日も早く元の暮らしができるよう願うばかりです。
余震も多く、外で遊ぶこともなかなかできず、ストレスを溜めたり塞ぎ込んでる生徒さんがいるのでは?と思い、ピアノ教室も3月下旬から再開しましたが、生徒さんたちの元気な顔を見れた時は本当に安心しました。
たった数日間ではありましたが、電気や水道が止まり、お店も閉まっていて不便な生活をした私たち。
原発の影響で住む家があっても住むことができない方も、家族バラバラで住んでいる方もいます。
当たり前の生活ができることに感謝しなくてはなりませんね。
14時46分、忘れずに黙祷しようと思います。