2024.10.20
印象に残る
スポーツ記事。
〈取材ノート〉
選手を奮い立たせた
柔道・井上康生監督の涙
東京新聞
2021年8月11日
この1年半で涙を流すのを2度、目の当たりにした。
柔道男子の井上康生監督は込み上げてくる感情を
抑えきれなかった。
昨年2月末、東京五輪代表発表の記者会見。
選ばれた選手の名を読み上げた後、
「ぎりぎりで落ちた選手の顔しか思い浮かばない。
60キロ級永山(竜樹)、73キロ級橋本(壮市)…。
全てを懸けて闘ってくれた」と
全階級の2番手だった選手に思いを巡らせた。
ハンカチで目頭を押さえ、
「彼らの思いを受け止めた上で日本代表として
責任を持って闘う」と決意を示した。
代表選手は改めて責任感が芽生え、
逃した選手も新たな気持になったのではないか。
もう一度は五輪期間中だった。
90キロ級の向翔一郎(ALSOK)が
3回戦で敗退し、初日から続いた
金メダルが途切れた。
「戦術面でもうひと辛抱させてあげられなかった。
向に申し訳ない」と責任を背負った。
続けて「『必ずおまえに混合団体で金をとらせて
帰らせる』と伝えた。一緒に頑張ります。」
そう言って、声を詰まらせた。
3日後の混合団体で向は銀メダリストを破るなど
2勝1敗。個人戦とは打って変わって力を出し切った。
あふれ出た2度の涙はいずれも
敗者を思いやる気持ちから。
男子は7階級で五つの金メダルを獲得し、
井上監督は東京五輪を最後に退任する。
73キロ級2連覇の大野将平(旭化成)は言った。
「選手全員が大好きで尊敬していた」
敗者に寄り添い、選手をやる気にさせ、
力を引き出す。そして一緒に闘う。
トップに立つ井上監督のこの姿勢が
大舞台で結果を残せた
大きな要因の一つではないだろうか。(森合正範)