2021.07.08
いよいよ、イアン・ボストリッジのリサイタルが始まりました。会場は満席。
ボストリッジの美声とドレイクの奏でるピアノの音色に、観客は魅了されています。
しばらく順調だったのですが、あと数曲という所で、楽譜が霞んできました。
リハからずっと楽譜を凝視しているのと、舞台上の眩しいライトとで、コンタクトレンズが渇いてきたよう。これは、まずい!
と、思った瞬間…
あれ?今どこ?
音楽はどんどん進んでいきます。
必死に楽譜を見るのですが、焦れば焦るほど、全くわからなくなり、とうとう完全に見失いました。
ページを捲らないので、様子がおかしい事に、ドレイクは気づいたようです。
が、全く動じずにピアノを弾き続けています。
実際は、暗譜しているのでしょう。
どうしようもないので、適当な場所でページをめくることに…。
その後、目の渇きと闘いながら、何とか
残りの曲は無事に譜めくり出来て、終演。
二人を称賛する、いつまでも鳴りやまない拍手を舞台袖で聞きながら、終わった事に安堵しつつも、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
あんなに長い間、リハーサルしてもらったのに…。こういう時、英語でどう謝ればいいんだろう?
モジモジしていると、カーテンコールを終えたドレイクが、真っ先に私の所にやって来ました。そして、何度も何度も、私に感謝の言葉を述べました。
すぐに謝りたかったのに、その隙を与えないぐらい「Thank you」と言うのです。
(気にしてないよ)という彼の意図がわかって
胸が熱くなりました。
そしてこちらも笑顔で「Thank you, too 」と
返したのでした。
その日の出来事は、私の音楽人生に、
大きな影響を与えてくれました。
入念な準備、何があっても動じない強さ、そして誰に対しても分け隔てない広い心…。
その優れた演奏家は、人間性も尊敬できる素晴らしい人でした。