906. ピアノどころではなかった日々
2015.01.17
このトピックスを読んで下さる遠方のかたへ…淡路島を地図で見ると、人さし指を立てた左手のようでしょう?この指がさす先に明石海峡大橋が架かり、私の住む神戸市垂水区があります。阪神・淡路大震災から今日で20年、各地で追悼行事が行われ、私も1・17を思い出さずにはいられません。震源地は淡路島であるにもかかわらず、断層が東隣の須磨区・長田区へ向いていた為、垂水は被害が少なかったのですが、家の壁はパッチワーク状態でボロボロ、余震に耐えられるのか不安な日々。よく雪が散らつく中、いつ来るかわからない給水車を長時間待っていました。勿論ピアノどころではなく、当時 主人は単身赴任をしていたので、我が家は母子家庭。学校の先生が「行くあてがあるのなら、どうぞ疎開して下さい」と おっしゃるので、しばらく里帰りすることになり、電話の繋がらないレッスン生には、不在する事を手紙に書き 届けました。そして、まさかの終着駅となった西明石駅へたどり着き、新幹線で実家へ向かった次第です。後に神戸に戻り「うちの子、やたらピアノを弾いていたんですよ」と言う親御さん達の声を多く聞きました。音楽は、不安な気持ちを癒してくれていたのでしょう。